鉤括弧が織る模様——BL小説の会話は紙面に現れる
二人のやりとりを升目に置くと、台詞と地の文の配分が、読まなくても見えるかたちになって現れます。
BL小説は、会話の比重が大きい文章になりやすいジャンルだと思います。二人の関係を描く物語では、言葉のやりとりそのものが事件だからです。横書きの投稿画面では、台詞は他の行と同じように上から下へ流れていき、量の多さは意識に残りにくいものです。ところが縦書きの原稿用紙に落とすと、様子が変わります。鉤括弧で始まる行が続くと、行頭の位置に「が縦に並び、紙面の上端に点々と模様を作ります。台詞の多さが、読む前に、見えるものになります。
この模様は飾りではなく、情報です。台詞が続く箇所では行頭に鉤括弧が密集し、地の文が続く箇所では升目が文字で埋まります。一枚単位で眺めれば、どの場面が会話で進み、どの場面が描写で進んでいるかが、本文を読み返さなくても分かります。台詞と地の文の配分は、書いている本人にはいちばん見えにくいものです。書いている間は台詞の中身に集中しているので、配分の癖は意識の外にあります。紙面の模様は、その癖を外側から見せてくれます。
会話の間についても、同じことが言えます。台詞と台詞のあいだに挟む地の文の長さが、二人の沈黙の長さを決めます。相手が黙ったことを一行で書くのか、それとも三行かけて心情を挟むのか。縦書きの紙面では、その地の文が何行分という物理的な距離になります。画面で読んでいたときには感覚でしかなかった間が、行数として測れる量になる。間の取り方に癖がある、と感想で言われたことのある方は、升目の上でその癖を確かめられます。
BLには、紙で読まれてきた蓄積の厚さがあります。同人誌は最初から縦書きの紙面を前提に作られ、読み手もその組版で物語を受け取ってきました。ウェブ連載を本にしたときに「印象が変わった」と言われることがあるのは、内容が変わったからではなく、鉤括弧の位置、行の折り返し、頁の切れ目といった組版の条件が一斉に変わるからです。紙を前提に読まれる可能性のある文章は、一度紙の体裁で読み返しておくと、その変化を先回りして確かめられます。
細かな話ですが、台詞の多い原稿ほど禁則処理の恩恵を受けます。行頭に句読点や閉じ括弧を置かない、行末に開き括弧を置かないといった規則に沿って文字を送る処理のことで、これが働かないと、台詞の終わりの」が行頭に取り残されて宙に浮きます。会話の応酬が続く原稿では、この調整が頁のあちこちで起きています。ふだん意識する必要はまったくありませんが、自分の台詞がどこで折り返され、どこで調整されているかを眺めてみるのは、組版が文章に何をしてくれているかを知る、いちばん身近な入り口だと思います。
こうして並べてみると、紙面は二人の会話をただ運んでいるのではなく、ずっと手を貸していたことが分かります。行頭に並ぶ鉤括弧は台詞の配分を模様にして知らせ、地の文の行数は沈黙の長さを測り、禁則処理は台詞の終わりの」が宙に浮かないよう、頁のあちこちで黙って文字を送っています。ふだん意識せずに済んでいるのは、組版が働いていないからではなく、働きが行き届いているからです。書き終えた原稿を升目に置いて模様を眺める数分は、この無言の協力者の仕事ぶりを一度だけ検分する時間です。二人きりで進んできたはずの物語は、紙の上では、いつも三人目の手を借りて読まれているのです。